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『ボロボロになった人へ』リリー・フランキー/テーマがユニークな短篇集

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最近消化している、数年前に購入した積ん読のひとつです。

リリー・フランキーの小説というと、『東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜』を思い浮かべる人が多いと思います(僕もそうです)が、あちらは長編。本書『ボロボロになった人へ』は、短編集です。

結婚情報誌で紹介された相手は素敵な大麻農家の長男だった。婚期を逃した女性が幸せを掴もうとする姿を描く「大麻農家の花嫁」等、読む者の心を予想不可能な振幅で揺らす六篇の珠玉小説。誠実でありながらも刺激的、そして笑え、最後には沁みていく…。天才リリー・フランキーが、その才能を遺憾なく発揮し、物語の面白さすべてを詰め込んだ。

目次

  • 大麻農家の花嫁
  • 死刑
  • ねぎぼうず
  • おさびし島
  • Little Baby Nothing
  • ボロボロになった人へ

大麻農家の花嫁

都内では誰にも相手にされない、結婚適齢期を過ぎようとしている女性が、農家の花嫁実地体験へと出かける。
現地の無人駅へ迎えに来てくれた初老の農夫。乗っていた車は埃まみれの赤いランボルギーニだった・・・。

非常にユニークな設定で、タイトルでほとんどネタバレなのに、最後まで大麻を栽培している農家である旨が明かされません。しかし、要所要所でベントレーに乗った農協の人など、それっぽい雰囲気を匂わすシーンがあるのに、主人公が気がつかない事が笑えます。

しかしそれと裏腹に、当の花嫁を探している農家のセガレの言葉や花嫁の選び方などには、個人的に共感を持てるものです。

死刑

浮気、万引き、どんな罪でも一律死刑となる世界。
検察官はより残酷な死刑方法を、弁護士はより安楽な死刑方法を勝ち取るために争う

最近、トマス・モアの『ユートピア』を並行して読んでいるのですが、その中で窃盗を死罪とする法律を強烈に批判しているため、まるで『ユートピア』のオマージュの様でした。

ユーモアはありますが、凄惨な表現もあるため、少々人を選ぶ作品かな、という感想です。

ねぎぼうず

仕事が終わり、スーパーへ立ち寄った帰り道、興信所の者を自称する男から声をかけられる。その男から見せられた写真、それはその昔、テレクラで出会った男と乱れた生活を送っていた頃の淫らな姿だった。

人は運命に出会ったとしても、その時に生まれた訳ではない。
それよりも、ずっと昔から何かをしながら暮らしている。(マルキス・ユバン)

勉強不足でマルキス・ユバンなる人が何者で、本書とどのように関係がある言葉なのか、私にはピンと来なかったのですが、こんな引用で始まる物語。

読み始めてすぐ、安易に後半の展開が予想できたため、もっと他の事を訴えかけているのかもしれない・・・というのは深読みし過ぎかもしれませんが、官能小説みたいだな、というのが私の小並感です。

おさびし島

俺はいまから失踪する。
この退屈だらけのくだらない場所から蒸発する。果てしなく前向きに失踪するのだ。(107ページ)

どこにでもある、男女のいざこざから空港で行ける最南端まで行き、船に乗り継ぎ、どこかの島へ行く。 そしてたどり着いたのが、男錆詩島(おさびししま)。

とある並行して読んでいる小説が、旅をしながら死者と自分のために巡礼する物語で、一瞬そちらの物語と重なりました。しかし、本作品は旅ではなく失踪、という点で最終的な目的を持たない出発であり、なんとも言えないやり切れなさが感じられます。

結構官能的な表現もあるので、男ならこんな島があるなら行ってみたい・・・いや、やっぱり今はいいです。

Little Baby Nothing

ファミレスでバカ話しをしている3人。その帰り道、ゴミ捨て場でゴミを枕にして捨てられたように横たわっている、3人が今まで見た中で一番美しいカタチをした女に出会う。

「俺はあの子が好きなんじゃない。あの子になりたいんだ。」(215ページ)

本書の中で一番ページ数の多い物語です。

不思議な一人の女性をめぐる、フリーター(年はおそらく大学生くらい?)3人の青春を、第三者の視点から見ているような、青臭い物語です。

ボロボロになった人へ

爪が折れてしまった。右足は地雷で吹き飛びケロイド状だが痛みはない。しかし、残った左足の折れてしまった爪が痛い。

本書の表題作品。ですが、わずか5ページ。

こういった非常に構成の短い短編へのコメントが一番悩みます。

最後に、何かできないものだろうか。
最後に、何か凄いことをひとつでも残せないものだろうか。(243ページ)

一つ思ったのは、これが著者リリー・フランキーの本書の締めの言葉なのではないか、ということです。

総合的な感想

人並みですが当時は、日常生活で色々あり、文字通り『ボロボロになった人』となった私自身の慰めになる小説であることを願い、本書を手に取りました。

しかし、私の期待とは全く異なる内容で、当時は買ってすぐに読まなくて良かったな、というのが正直な感想です。(とある短編が私の当時のトラウマに近い話しでしたので。)

絶賛は致しませんが、設定として面白い短編も多く、エンタテインメント小説としては良作だと思います。また、読み手よって感じるものが当然異なると思いますので、『東京タワー』とは異なるリリー・フランキーの作品を読んだ、という話題作りにも良いかもしれません。

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