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一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

『雪の断章』佐々木丸美/雪のように降り積もる少女の成長の詩

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「まごう事なき徹夜本」

というのが、いつも私の訪れる本屋さんの平積みの添えられた殺し文句でした。

新刊かな、と思って手に取った本作品でしたが、1975年に刊行された佐々木丸美の処女作で、作者である佐々木丸美は2005年に突然他界されてしまったとか。

三浦綾子の『氷点』、真保裕一の『ホワイトアウト』、「冬」や「雪」とはあまり縁のない土地で生まれた私ですが、それらを彷彿させるタイトルやその物語には、どういうわけか惹かれてしまいます。そして本作品もまた、それらに肩を並べられるくらいの名作でした。

迷子になった五歳の孤児・飛鳥は親切な青年に救われる。二年後、引き取られた家での虐めに耐えかね逃げ出した飛鳥に手を伸べ、手元に引き取ったのも、かの青年・滝杷祐也だった。飛鳥の頑なな心は、祐也や周囲の人々との交流を経て徐々に変化してゆくが…。ある毒殺事件を巡り交錯する人々の思いと、孤独な少女と青年の心の葛藤を、雪の結晶の如き繊細な筆致で描く著者の代表作。

孤児・飛鳥の親切な青年との出会い

親に捨てられ孤児院で育った、5歳の少女・倉折飛鳥は、あるとき孤児院の皆と外出中に迷子になってしまう。

はぐれた場所からは動かない方がいい、三丁目のベンチで孤児院の先生たちからの迎えを待つ。飛鳥が迷子になったことに、先生は気づいてくれたのだろうか、不安がつのる。

「どうしたの?」とある青年が迷子の飛鳥に話しかけ、事情を聞き、あすなろ学園(飛鳥の暮らす孤児院)まで飛鳥を無事に送り届けてくれる。

しかし、お礼を言うことも、名前を聞く事さえもできず、名も無き親切な青年は姿を消す。

これが孤児・飛鳥の運命を大きく変える出会いとなる。

孤児院を卒業する飛鳥

飛鳥はやがて、とある資産家の本岡家に引き取られる。

孤児院を卒業する子どもたちが、必ずしも幸せになれるとは限らない事を飛鳥は知っている。

案の定、飛鳥は幸福ではない方の卒業生になってしまった。本岡家の父母と娘2人から、養子ではなくまるで物のように扱われる。

いじめ以外に形容しがたいそれは、まるでシンデレラのよう。

ある日、使いに出された出先で、あの親切な青年に偶然出会い、飛鳥は絶望的な本岡家での生活に耐えるため光を得る。

しかし、本岡家での二度目の冬が訪れたころ、同い年の本岡家の娘、奈津子に真っ向から反発し、理不尽な本岡家という社会に耐えかねた飛鳥は真冬の外へ飛び出してしまう。

親切な青年との再会

もしかしたらまた、あの三丁目のベンチで親切な青年に会えるかもしれない。飛鳥は偶然の神秘を信じる。

そして奇跡が起こる。親切な青年、滝把祐也(たきえ・ひろや)と三度目の再会。

「里親の元には絶対に戻らない」頑なな7歳の少女を一晩だけ預かることにした祐也は、少女の話を聞きながら巧みに飛鳥の里親を突き止め、本岡家に連絡を取る。

しかし、本岡家からも引き取りを拒否され、悩んだ末に祐也は飛鳥を引き取る。

7年間知らなかった、深く満たされた飛鳥の幸福な生活が始まる。

季節は流れ、高校生になる飛鳥

祐也と共に暮らし、祐也をお世話する家政婦・トキさんと時にぶつかり、祐也の悪友・近端史郎(おうはた・しろう)と共に笑い、幸福な月日は流れ、成長した飛鳥は高校に進学する。

仲の良い友達が欲しいと望んで入学した高校で、なんと本岡奈津子に再会し、飛鳥は切っても切り離せない本岡家との因縁を認識する。

もう本岡家とは家族関係に無いにも関わらず、飛鳥をせせら笑う奈津子。変わらぬ高圧的な態度で飛鳥に理不尽に突っかかる。

しかし、その理不尽さを見るに見かねた、一人の公正な少女・中原順子が本岡奈津子をたちまちやり返し、飛鳥と順子は大の親友同士となる。

順子という理解者を得た飛鳥。成長したかつて孤児だった少女に怖いものは無くなったはずだった。

祐也の住んでいるマンションに奈津子の姉、本岡聖子が越してきて、あの事件が起きるまでは。

総合的な感想

ここまでご紹介した、あらすじは、物語の序章に過ぎません。

私も普通の人より多少なりとも本を読むペースが早い、と僭越ながら自負していたのですが、徹夜本と紹介されていたにも関わらず、ゴールデンウィークを以っても、読了までに2日ほどかかってしまいました。

孤児の倉折飛鳥や周りの人々の言葉の一つ一つが、まるで雪のようで、詩のようで、心の深いところに、雪が降るかのように、そしてゆっくりと確実に積もってきます。

朝起きた時に、寝ている間に降った雪が積もり驚くように、ふと本から眼を離した時に、心に積もった詩の数々に気付かされては、その度にゆっくりとそれらを優しく愛でてしまう、そんな冬と雪に触れるような読書体験でした。

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