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一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

『最悪』奥田英朗/三者三様の人生が交差する瞬間が見逃せない

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精神科医、伊良部シリーズで学生時代に夢中になった奥田英朗の長編作品『最悪』を読みました。

京極夏彦の文庫本の様に非常に分厚い1冊ですが、読み終えてみると上下巻に分割しなかった理由が何となく分かります。

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不況にあえぐ鉄工所社長の川谷は、近隣との軋轢(あつれき)や、取引先の無理な頼みに頭を抱えていた。銀行員のみどりは、家庭の問題やセクハラに悩んでいた。和也は、トルエンを巡ってヤクザに弱みを握られた。無縁だった3人の人生が交差した時、運命は加速度をつけて転がり始める。

零細企業の鉄工所社長、川谷信次郎の場合

孫請けかそれより下の、製品の下流工程に位置する鉄工所を住宅街に構える、零細企業の社長、川谷信次郎。

社長と従業員を含めて3人しかいないものの、常に猫の手も借りたい程忙しく、人出も足りなければ収入も豊かとは言えない、堅実ながらも楽とは言えない経営状態。

取引先から大型の受注を得るべく、大型機器の導入を目論みますが、後から街へ来た近隣住人から騒音被害を訴えられ、頭を悩まされる日々。

彼らの理不尽な要求を飲めば、経営は立ち行かないし、拒否をしても次々と新しい手段で次第に追い詰められる社長。

都市銀行の支店窓口銀行員、藤崎みどりの場合

特に面白くも無い、銀行員という仕事を淡々とこなす日々。

毎日暇つぶしの様に窓口に訪れる、地場の太い客であるおじいさんとの他愛の無い会話と、仮面の笑顔にも板がついてきたある日、憂鬱な知らせが舞い降ります。

労働組合が主催する、強制参加のキャンプイベント。

せっかくの休みを、会社のイベントで棒に振らされる事になったが、それなりに楽しみ、アルコールで酷く悪酔いしてしまったみどりに、不測の事態が発生します。

キャンプ以降、真剣に退職まで考えるみどりですが、高校を中退してしまった妹や、みどりに過剰に期待をする家族の事を考えると、勇気ある一歩を踏み出せずにいます。

不良青年、野村和也の場合

愛知県の実家を飛び出し、神奈川県川崎市で一人暮らしをする野村和也。

定職には着かず、日中の大半をパチンコで過ごし、お金が足無くなれば、女、盗み、カツアゲとやりたい放題の日々。

様々な悪さの中でも、工場からトルエンを盗み出し、売りさばく事が一番金になる事を知り、ヤクザの下っ端である悪友と共謀して次の盗みを働くが、事態は思わぬ方向へと転落してしまいます。

かなりリアルで念入りに作りこまれている

物語とあまり関係が無いのですが、本作品に登場する「藤崎みどり」に私は注目しました。

というのは、銀行員の辛さや仕事の裏側、人間関係の問題など、元銀行員の私から見ても、かなり念入りな取材を重ねたであろう事が分かるからです。

特筆すべきは、労働組合の存在意義。

もちろん、長々と言及されているわけではありませんが、おそらく同じ世の中の銀行員なら「よく知っているな」と、思わず唸ってしまうと思います。

鉄工所社長や不良少年はちょっと経験した事がありませんけど、『半沢直樹シリーズ』ではありませんが、銀行員の実態が忠実に書かれている事には驚きました。

『最悪』の定義

さい‐あく【最悪】
[名・形動]最も悪い状態であること。また、そのさま。「―な(の)場合」「事態は―だ」⇔最善/最良。最悪とは - コトバンクより

文庫本の裏に、犯罪小説と書かれているため、悪人たちの物語なのかな、と勝手に思い込み(あるいは深読みし)読んでいたのですが、3人の主人公の物語がそれぞれ交じり合う瞬間がまさに「最悪」そのものでした。

後半になると読んでいるこっちも「最悪だ・・・」と、思わず嘆きたくなります。

加速する群像劇から目が離せない

約650ページに及ぶ長編作品ですが、冒頭でも少し触れたように、とても上下巻に分けることはできない作品だと思います。とにかく、次が気になって本からずっと目が離せません。

始終シリアスな展開でそのままエンドロールを迎えるのかと思いきや、途中から超ドタバタ群像劇に発展してしまい、その様子がもう可笑しくって、私は思わず笑ってしまいました。

それぞれ相反する2者の物語が交互に描かれる手法は、最近読んだ小説ですと『その女アレックス』で採用されていましたが、本作品は全く関係の無い3人がぶつかり、無茶苦茶になり、最悪になり、それでも綺麗に物語が終わってゆく様はとても新鮮でした。

少々ショッキングな表現も含まれていますので、喜劇とは言い難いところですが、タイトルに見合わず、とても楽しんで読むことができました。

久しぶりに読み終わった瞬間「ああ、面白かった」と、独り言を漏らしてしまいました。そんな作品です。

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