もう何冊目の村上春樹でしょうか。
起承転結を持たない、彼の作品に毎回これほどにまで夢中になるのは、何故だかいまだに分かりません。
文庫化を待ってから読もうと考えていたのですが、古書店を巡っていたら思わぬ安価で購入ができたため、『女のいない男たち』に続いて、単行本で購入しました。
良いニュースと悪いニュースがある。多崎つくるにとって駅をつくることは、心を世界につなぎとめておくための営みだった。あるポイントまでは…。
色彩を持たない事とは
時代は主人公・多崎つくるの学生時代にさかのぼる。
彼には決して誰一人として欠かすことの出来ない4人の色彩豊かな友人がいた。
- 勤勉な秀才な、赤松慶ことアカ(赤)
- 活発な体育会系の、青海悦夫ことアオ(青)
- 静かで清楚な美人の、白根柚木ことシロ(白)
- 明るく笑いを振りまく、黒埜恵理ことクロ(黒)
伊坂幸太郎の『砂漠』では、方角に縁のある苗字を持つ男女と、方角に縁のない主人公の親友・鳥井が中心人物だったことが思い出されます。
本作品では、苗字に色彩を持たない多崎つくるが色彩豊かな友人たちから、突然絶縁を言い渡されて、数十年後から物語が始まります。
巡礼の年とは
本作品の中でも語られる『巡礼の年』とはロシアのピアニスト、ラザール・ベルマンが演奏するピアノ独奏曲のことです。
音楽に明るくない私は『巡礼の年』がどのような曲なのか分かりませんでしたので、本作品を読み終わった後にさっそく聴いてみました。
抽象的な感想ではありますが、悲しくも力強く、心が不器用ながらも少しずつ前進していくかのようなピアノです。
そして、ひとりの女性(木元沙羅)と向き合うため、つくるの地元にして、かつて青春の聖地であった名古屋をはじめ、色彩豊かなかつての友人たちの元を訪れる彼(つくる)の行動と、本作品の時間軸がピアノ『巡礼の年』と重なります。
精神への暴力に着目する
多崎つくるが、色彩豊かな友人たちの楽園から追放された理由が、中盤以降に明らかになります。
それが、つくるの暴力と言い張った友人は、もうこの世にはおらず、一見謂れ無き罪なのですが、一方でその罪を自覚している彼(つくる)が居たり、つくるの知らない表情を見せる沙羅に心がえぐられます。
『ねじまき鳥クロニクル』が直接的な暴力をテーマにしていると言うのなら、本作品は精神的な暴力がテーマのような気がします。
実はこの作品を読む前に、学生時代の村上春樹に酔狂する友人からネタバレを受けていたのですが、それでもなお読んでみると、聞いていた話は物語のごく一部でしかなく、本質は異なるものでした。
相変わらず起承転結はハッキリしない村上春樹ですが、それでも夢中になって読んでしまう、不思議な魔力は衰えていません。
Amazonのレビューを見ていると、本作品の評価は高いとは言い難いようですが、それだけ読み手によって印象が異なる作品なのでしょう。