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一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

『キッチン』吉本ばなな/女流純文学のベストセラーを味わう

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学生時代の女友達に、コアな吉本ばななファンがいて、彼女から紹介されて購入したのが本書。

当時、卒業論文の参考文献として読んだ記憶がありますが、再読してみて、断片的な記憶はあるものの、内容についてはほとんどを忘れてしまっている事に気付きました。

改めて読んでみると、おそらく当時とは違った視点で読むことができましたので、感想を放り込みたいと思います。

唯一の肉親であった祖母を亡くし、祖母と仲の良かった雄一とその母(実は父親)の家に同居することになったみかげ。日々の暮らしの中、何気ない二人の優しさに彼女は孤独な心を和ませていくのだが…。

キッチン

私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。
どこのでも、どんなのでも、それが台所であれば食事を作る場所であれば私はつらくない。できれば機能的でよく使い込んであるといいと思う。乾いた清潔なふきんが何枚もあって白いタイルがぴかぴか輝く。
ものすごく汚い台所だって、たまらなく好きだ。(7ページ)

吉本ばななのデビュー作。

素朴で飾りっけの無い、何気ない文章なのに、妙に頭に残ってしまう。そんな冒頭文からは、俵万智の『サラダ記念日』を思い出します。

両親、祖父、そして大好きだった祖母と、順当から外れて家族を失った桜井みかげ(主人公)と、そんなみかげを拾った田辺雄一とその母、えり子(本名、雄司、元男で元父親)。

目の前の二人があまりに淡々と普通の親子の会話をするので、私は目まいがした。「奥さまは魔女」みたいだ。不健康きわまりない設定の中で、こんなに明るいんですもの。(45ページ)

私が抱いた本文中の感想がまさにこれで、世の中には滅多にないタイプの家族なのに、それをまるで感じさせない、淡々とした親子とみかげの会話が、印象的です。

始終何気ない会話が交わされるのですが、本作『キッチン』だって言ってみれば男二人(えり子さんは女でもありますが)の家庭に天涯孤独な若い女性が転がり込む、不健康な設定と言えると思います。

しかし、そういった私のような男が抱くゲスい邪気はどこにもなく、眩しいくらいに明るく、不自然でありながらも、同時にとてもどこの家庭でも有りそうな、優しい自然な生活風景が目に浮かびます。

美しく、優しい気持ちになれる、何だか人生にヘコんだ時にまた読みたくなる作品でした。

満月 キッチン2

『キッチン』の続編。

秋の終わり、えり子さんが死んだ。
気の狂った男につけまわされて、殺されたのだ。(65ページ)

『キッチン』で物語の重要な人物であった、えり子が唐突に亡くなります。

天涯孤独だったみかげは、徐々に生活を取り戻し、喪失から立ち直る姿が自然に描かれていた前作でしたが、本作品ではみかげの孤独を埋め合わせてくれたえり子という存在が失われ、またその息子である雄一もまた天涯孤独になってしまいます。

雄一は幼いころに母親を亡くしているので、彼にとってえり子の死は父親の死であると同時に、2度目の母の死でもあります。

みかげにとっても、きっと家族同然の存在だったと思いますが、消耗していく雄一と対照的にみかげは仕事に充実した日々を送ることになります。

本作品も、『キッチン』にならってみかげの目線で物語が進むのですが、『満月』は雄一版の『キッチン』のようだと思いました。

どちらも家族を亡くし、その喪失感や消耗は、どちらが上かなんて天秤にかけることはできません。

しかし、それぞれが、それぞれの方法で立ち直っていく姿は、やはり美しい物語であると言えます。

ムーンライト・シャドウ

『キッチン』および『キッチン2』とは全く異なる、別の物語です。

後からなら大声でだって言える。
神様のバカヤロウ。私は、私は等を死ぬほど愛していました。(151ページ)

恋人(等)を亡くした、さつき。

私は恋人を亡くしたが、彼は兄と恋人をいっぺんに亡くしてしまったのだ。
彼の恋人はゆみこさんと言って、彼と同い歳の、テニスが上手な、背の小さい美人だった。(160ページ)

兄(等)と恋人(ゆみこ)を一度に亡くした、柊。

それぞれが大切な人を亡くして、2ヶ月経った頃から物語が始まります。

2ヶ月というと、日本的に言えば四十九日の法要が済み、残された人はある意味で落ち着いた頃に当たると思います。

現に、さつきは物語の冒頭からジョギングをやっているし、まだショックで何にも手が付かない、という雰囲気は一見感じられません。

そして一方で、柊は私服の学校だからと、ゆみこの形見であるセーラー服を身にまい、一見感傷的になっているように思えます。

しかし、それらは心にはりを持たせるための手段であり、時間稼ぎに過ぎないと語られていることから、二人とも、何となくまだ心の整理が付いていない様子が伺えます。

そして、現れる不思議な女性、うらら。そして不思議な現象。

亡くなった人との本当の、肉体とは異なる精神的な別れの物語です。

私も、非常に身近な人を最近になって亡くしたため、本当の別れとは何だろう、それでも新しい明日へ向かって生きていかなければならない私たちは強く生きねば、とそんなことを考えました。

総合的な感想

女性が主人公の作品は、今年に入ってからは村上春樹の短編集『東京奇譚集』の収録作品、『ハナレイ・ベイ』以来ですので、まずそういった単純や意味で新鮮でした。

しかし、「村上春樹」と「吉本ばなな」では、当然書き手が違うので、当たり前なのですが、同じ純文学に括られている作家でも、こんなに異なるのかと改めて感じさせられました。

どの作品の主人公も、大切な人を亡くしており、そういった有限な時間を過ごす(亡くなってしまう)人間の誰しもが避けられない性と、残された人たちの気持ちを思うと、なんて不幸なのだろうと感じます。

しかし、収録されたどの作品にも「月」というキーワードがよく目につき、これは本書全体から感じる、夜の静けさや、都会ではないどこか、女性的な美しさ、そういった神秘的なエトセトラを連想させる事に一役買っており、そんな主人公たちの不運を優しくつつみ込んでいます。

ミステリ作品や村上春樹の不思議な世界を好んで読む私にとっては、とにかくどれも美しく、新鮮な読書体験でした。

たまには吉本ばななを含め、女流作家の作品をもっと色々と読みたくなる、そんな気持ちになりました。

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