アイスハート

一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

『新世界より』貴志祐介/1000年後のロストテクノロジーな日本

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貴志祐介は、私の好きな作家の一人ですが、実はあまり多くの作品を読んだことはありません。

若いころに、ホラー作品として『十三番目の人格(ペルソナ)ISOLA』、『クリムゾンの迷宮』、切ないミステリ作品『青の炎』を読み、本書『新世界より』は通算4冊目に当たります。

ロストテクノロジーな1000年後の日本

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1000年後の日本。豊かな自然に抱かれた集落、神栖(かみす)66町には純粋無垢な子どもたちの歓声が響く。周囲を注連縄(しめなわ)で囲まれたこの町には、外から穢れが侵入することはない。「神の力(念動力)」を得るに至った人類が手にした平和。念動力(サイコキネシス)の技を磨く子どもたちは野心と希望に燃えていた……隠された先史文明の一端を知るまでは。

「利根川」、「神栖」といったキーワードが頻出しますので、舞台は茨木県に間違い無さそうです。

1000年後の日本は、現在の近代文明や文化を全てに近いくらい失った、ロストテクノロジーな世界。

人々は当然に呪力(サイコキネシス)を手にしているため、電力への依存はほとんど無く、主な交通手段が船という、その暮らしは、かえって大昔の生活のようにも感じられます。

5人の子どもたちと、底知れぬ「大人」と「歴史」の闇

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町の外に出てはならない――禁を犯した子どもたちに倫理委員会の手が伸びる。記憶を操り、危険な兆候を見せた子どもを排除することで実現した見せかけの安定。外界で繁栄するグロテスクな生物の正体と、空恐ろしい伝説の真意が明らかにされるとき、「神の力」が孕(はら)む底なしの暗黒が暴れ狂いだそうとしていた。

主要な登場人物は「瞬」「覚」「守」の3人の少年、「真理亜」と主人公である「早季」の少女2人の計5人の子どもたち。

まだ呪力をもたない子供時代から物語が始まり、やがて呪力と共に成長してゆきます。

しかし、そんな無垢だった子どもたちは、夏に全人学級(学校)で行われたキャンプで偶然発見した、自走型図書館端末(国立国会図書館つくば館)「ミノシロモドキ」から、禁断の知識を得てしまう・・・。

子供目線からの大人、というのは青春小説であれば「汚い」だとか、「嘘つき」だとか、終始そういった言葉1つで語られるのでしょうが、同じ言葉でも、もっと根源的で、深淵なるものを感じさせられます。

1つ例を挙げるのであれば、それは「教育」です。大人が子供を教育するのは別に珍しい話しではなく、むしろ当然の事かもしれませんが、徹底的に汚れや都合の悪い知識を排除する、本作品の教育は異常で残酷とも言えます。

そして「歴史」は、そんな大人たちが積み上げてきた集大成と定義しますが、現代の我々の歴史がそうであるように、1000年の間に築かれた歴史もまた、多くの人の「血」と数多くの「戦争」の上に成り立って居ることが序盤、早々に明かされます。

緊張感と疾走感が織りなす読書体験

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夏祭りの夜に起きた大殺戮。悲鳴と嗚咽に包まれた町を後にして、選ばれし者は目的の地へと急ぐ。それが何よりも残酷であろうとも、真実に近付くために。流血で塗り固められた大地の上でもなお、人類は生き抜かなければならない。構想30年、想像力の限りを尽くして描かれた五感と魂を揺さぶる記念碑的傑作!

第29回日本SF大賞を受賞した本作品。

サイコキネシス(PK)の存在する世界、という意味ではSFには間違い無いのですが、万能ではないその能力や、ロストテクノジーな世界観や、やがて激化する戦争による凄惨な大殺戮や、本書のラストを考えると、SFかと言われると少し引っかかるものがあります。

今の私にはうまく本書を表現ができず大変恐縮ですが、間違いなく名作だったと言えます。

比較的序盤から始まる緊張感には本から眼が離せなくなるものがあり、緊張しているのも束の間、突風のように襲いかかる疾走感は、上・中・下巻あわせて約1,500ページある本作品のボリュームに勝るものが有ります。

そして、本書を読み終わった際に想った脳内エンドロールは、やはり『アントニン・ドヴォルザーク』の交響曲第9番『新世界より』でした。

ちなみに、アニメ化やコミック化もされているようで、少しだけ調べてみましたが、本書の世界観を忠実に再現出来ているとはちょっと思えないものでした。(特にコミックに関しては、性的な描写に重きを置き過ぎています。)

ともかく、今年私が読んだ本の中では、かなり上位にランクインしている、おすすめしたい作品です。

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