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一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

『秘密』東野圭吾/ひとりの夫・父・男としての苦悩が切ない

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つい最近になるまで、東野圭吾というと凄まじいペースで多くの長編を世に送り出す作家で、いったい何から読み始めたら良いのか分かりませんでした。

しかし、東野圭吾という作家に前々から興味があったので、『白夜行』を先日読んだのですが、辞典みたいな膨大なページ数に見合わず、ちょっと物足りなさを感じていました。

「まぁ、こんなものかな」と思っていたのですが、1作品だけで作家を推し量るのは良くないと思い、2冊目に買ったのが本作品、『秘密』です。

結論から言うと、前言撤回です。

妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密”の生活が始まった。

ありふれた日常が一変

どこにである普通の家庭。

工員、杉田平介は妻と娘のいない部屋に帰ってくる。

妻と娘は、スキーツアーのバスに乗って親戚の通夜に向かっていたため不在だった。

妻の作ってくれた料理を冷蔵庫から出し、プロ野球中継を目的にテレビを付けるが、チャンネルを回せど映しだされるのは冬山の映像ばかり。

どこかで事故が起こったらしく、黙々と食事を口に運ぶが、スキーバスが事故を起こしたと知り、手が止まる。

万が一にも、直子(妻)と藻奈美(娘)のバスのはずがない。そう思っていた矢先にテレビのリポーターの口から残酷な現実が発せられる。

ある日突然、妻と娘を突然失ったら

急いで病院に駆けつけるも、医者の口からも希望は見出だせない。

直子は生命すら絶望的。藻奈美は命が救えても脳に障害が残る可能性。

絶望の淵に堕ちる平介だったが、直子の意識が戻り、直子自身から医者を通じて集中治療室へ呼び出される。

娘は大丈夫、平介のその言葉を聞いて直子は息を引き取ってしまう。

娘の魂の喪失

直子の命と引き換えに助かった娘・藻奈美だったが、事故のショックからか口を開こうとしない。

凄惨な事故の生存者とその家族として、マスコミから格好の餌食となる父娘だったが、何とか自宅に帰ることなる。

仮通夜の場で、直子が身を挺して娘を守った結果、直子は死に、藻奈美が生き残った話しをふと思い出し、号泣する平介を見て藻奈美が口を開く。

しかし、その内容は信じられないものだった。

藻奈美の身体に、直子の魂が移った。

直子には分かるが、藻奈美には分からない質問を平然と答える娘の器に入った妻。

直子は肉体が生前大切にしていた結婚指輪を、藻奈美が大切にしていたテディベアの中へと仕舞い、この不思議な現象を二人だけの「秘密」にする。

藻奈美の魂はどこへ行ってしまったのか。

小学生だった娘の人格不在のまま、見た目は父娘であり中身は夫婦という、奇妙な日常が始まる。

娘の肉体のまま成長していく直子

娘のふりをしたまま生きていく事を選択したは、悔いを残したくない、もしも藻奈美の魂が戻ったとしても、その時娘に苦労をさせたくない、という強い意思のもと、猛勉強に明け暮れる。

一方で、被害者遺族としてバス会社との賠償の交渉に当たる中で、事故の根本的な原因を突き詰めてゆく中で、不可解なことに気づき、遺族団体とは離れたところから単独で調査を進める。

月日は流れ、直子は娘が戻らぬまま藻奈美の肉体として成長し、2回目の青春を謳歌するが、若い娘の父親として、そして妻の夫として、平介の精神は悲鳴をあげ始める。

【総合的な感想】男性目線としての平介の心理描写がすごい

平日の朝早くに読み終わった本書。

ラストを読んだ瞬間から、しばらくぼうっとしてしまったのは、眠いからではなかったのは確かです。

直子が藻奈美の身体のまま、高校に進学したあたりから、夫である平介の心の揺らめきの描写は見事という他ありません。

父親としての娘、夫婦としての妻、そんな存在の直子が思春期真っ盛りの男が巣食う高校で青春を謳歌するなんて、長い人生では数年かもしれませんが、その時の平介の苦しみは想像を絶するものだったと思います。

また一方で、バス事故の根本的な原因を、直子の成長(もちろん平介も歳を重ねていくわけですが)という流れる時間の中で、密接に絡ませながら徐々に紐解きながら、綺麗に終結に持ってくる様も、全ての伏線が回収されており、読んでいて満足のできる作品と言えます。

以前に読んだ『白夜行』はページ数が多いのと、物語の設定上、仕方がなかったのかもしれませんが、本作品ではずっと最初から最後まで、平介の目線で物語が語られていますので、読んでいて混乱する事もありません。

ラストの解釈は人それぞれですが、実にいい作品でした。東野圭吾ファンじゃない人にでもおすすめできる作品です。

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