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『幻想郵便局』堀川アサコ/失ったなりたい自分になれましたか?

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大学生の頃、タワーレコードに行ってはよくCDのジャケ買いをしていました。今はほとんど音楽は聴かなくなり、それに伴いレコード屋さんへ足を運ぶことも年に数回程度しかありません。

ただ、大量販売の大型ブックセンターからひっそりと町に佇む古書店まで、本屋さんには毎週必ず通っています。

平積みされた本を眺めるのが好きで、あらすじや内容もそこそこに、まれに小説のジャケ買いをしてしまいます。そして、今回読んだ『幻想郵便局』は、私にとってずいぶん久しぶりのジャケ買い小説です。

就職浪人中のアズサは「なりたいものになればいい」と親から言われてきたけれど、「なりたいもの」がわからない。特技欄に“探し物”と書いて提出していた履歴書のおかげでアルバイトが決定。職場は山の上の不思議な郵便局。そこで次々と不思議な人々に出会う。生きることの意味をユーモラスに教えてくれる癒し小説。

なりたい自分がみつからない

「どんな仕事をしたいのか」そんな将来のビジョンも見つけられないまま、大学後半の就職活動をむかえた主人公・安部アズサ。

「結局のところ、人間は自分のなりたいものになるもんだよ。仕事というのは生活の大半を費やすものなんだから。それが何年、何十年と続くんだからね」
「あんまりあせって決めなさんな。なりたいものになった人ってのは、誰から見ても格好いいし、何より本人が幸せでしょ」(9ページ〜10ページ)

そんな言葉を残したまま、仕事の都合(転勤)で引っ越してしまった父と母。アズサは残る事を選んだ。

しかし、自分に嘘をつくことができず、面接でも志望理由を正直過ぎるほどに話してしまい、無い内定のままついに就職浪人となってしまう。

特技は「探し物」

これといった資格もなく、履歴書の特技欄に書かれた「探し物」。大学の就職担当も思わず呆れてしまった「探し物」という特技欄が目に止まり、とある求人からアズサの元にアルバイトのオファーが届く。

「どういう仕事なんです。トレジャーハンターとか?」
「まさか」
就職担当は、電話口で笑った。
「郵便局よ」
切手を売り、郵便物を受け付ける仕事だという。(11ページ〜12ページ)

春に短大を卒業したまわりの友達はみなそろって就職して忙しい暮らしを送っており、社会のレールから一人取り残された身のアズサはその求人内容を聞いて飛びついた。

その時、なぜ「探し物」の特技と郵便局の求人が関係するのか、アズサは深く考える事は無かった。しかし、一見ふざけているように思われる「探し物」という特技は、アズサにとっては特別な特技であり、郵便局もその特技を切望する理由があった。

険しい登天郵便局までの道のり

上機嫌で家を出たアルバイトの初日。山の上の郵便局までの道を確認していると、突然登天郵便局まで行きたいという「お客さん」から声をかけられる。

小学二年生の頃の遠足で登ったその山は登る事にそれほど苦労は無いものの、その女性(お客さん)は華奢なミュール(ヘップサンダル)を履いていたため思い切って二人乗りで一緒に向かう事となる。

ところが、初めから道を間違えてしまったアズサとヘップサンダルの女性は行き止まりに当たってしまう。初日から遅刻はマズイと、登天郵便局へ電話をしようと焦るアズサだったが、携帯電話を自宅近くの満月食堂に忘れ置いてきてしまった事に気づき、ヘップサンダルの女性も”家事で燃えてしまった”ため携帯電話が無いという。

近くの食堂・狗山ドライブインで電話を借りる事をヘップサンダルの女性から提案され、急いで建物の中に入るアズサだったが、そこはすでに廃墟となった建物であった。しかし、それに気づいた瞬間、アズサは突然の金縛りに遭ってしまう。

幻想的な風景の広がる山の上の郵便局

とうの昔に廃墟となった狗山ドライブインに蠢く大きな人影と、心霊現象かと思い焦るアズサ。

駆けめぐる恐ろしい空想の中で、わたしは無声音の絶叫を上げた。
「……!」
「安部アズサさん」(21ページ)

ふいに大きな人影から名前を言い合えてられ訝しむアズサだったが、人影の正体は登天郵便局の局長・赤井であった。

思わぬ出会いと遅刻のお詫びの機会を得たアズサだったが、赤井に連れられて訪れた登天郵便局は奇妙な人々が、奇妙なやり方で仕事をする不思議な職場であった。

そして、赤井局長がせっせと手入れをする庭は、まるでこの世のものとは思え無い天国を思わせる幻想的な空間であった。

【総合的な感想】あなたは自分の思い描いた「なりたい自分」になれましたか?

読了後に、何とも不思議な小説だと感じました。一言でいうと「幻想的な怖くないホラー小説」で、いわゆる幽霊モノなのですが、真夏にぴったりの背筋の凍るような涼しい怖さというものは全くありません。

アニメで例えるのなら宮崎駿の『千と千尋の神隠し』に似ていると思います。もちろん名前を奪われた主人公が温泉宿で働かされるとか、そういった点で言う共通点は全くありませんが、それでも何となく似ていると感じます。(抽象的で申し訳ありません。)

さて、本作品の主人公である安部アズサですが、あらすじや引用にもあるように、新卒のカードを利用した就職に失敗しています。就職は現実社会で生きている限り、誰もが一度は直面し苦しむ試練です。

私も就職活動では非常に苦しんだくちで、なりたい自分が見つから無いまま自分を偽ること(もちろん経歴詐称等ではありません)で就職した過去があります。結局その代償は実際に働き始めてから感じる事となり、就職活動の過程よりも働くこと自体に強い苦痛を感じるようになりました。

両親(特に今は亡くなってしまった父)から退職する事への理解を得る事ができず、文字通り血反吐を吐きながら2年ほど働いたのち、どういう縁か、一度も口に出した事のない望んでいた専門職に就く事ができ、今は自分の好きな事を仕事に活かして働く事ができています。

冒頭のあらすじで引用した、「自分のなりたいもの」に結果としてなっていたのです。

学生時代の早いうちから将来の自分のビジョンを追いかけて、そしてその夢が実現した人は世の中にどれぐらいいるのでしょうか?今の自分はなりたい自分になれましたか?探し物は見つかりましたか?

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