『私が青春を共にしたおすすめの小説ランキング50』でも紹介している『はじめての文学』シリーズ。(そちらでは村上春樹の作品を紹介しました。)
単行本で刊行されているため、文庫本と比較して割合ではありますが、絶妙なサイズ感で小学校の頃に手にした江戸川乱歩の少年探偵団シリーズを思い出します。
さて、このシリーズですが、私は今まで村上春樹のものしか所有しておりませんでしたが、今年に入って宮本輝の『青が散る』を読んだことでいたく感銘を受け、著者の短編集を読んでみたいと言うことで購入しました。
青春の青/情熱の赤、混色である紫という色彩は、なんとなく宮本輝のイメージに合うような気がします。
小説はこんなにおもしろい!文学の入り口に立つ若い読者へ向けた自選アンソロジー。少年の輝きと青春の哀歓を描く。
本書の構成
本書は著者である宮本輝が自ら自薦した短編が7つと、著者のあとがきが収められた短編集となっています。収録されている物語は以下のとおり。
- 『星々の悲しみ』
- 『真夏の犬』
- 『力道山の弟』
- 『トマトの話』
- 『力』
- 『五千回の生死』
- 『道に舞う』
- 『心のなかの幾千もの襞』(著者あとがき)
全ての短編一つ一つのあらすじと感想を書こうとしたのですが、『星々の悲しみ』と『真夏の犬』まで書いたところで文字数が1万字を超えてしまったので、流石に全部書くと長過ぎるので全体を掻い摘みながら感想を記事にしました。
今は過去の青春時代/少年時代を語られているよう
全体を通して、物語の主人公は青年もしくは少年で、大人になった今、かつて経験した1つの季節を語られているように読み受けられます。それも、あまり金銭的に裕福とは言えない、どこか庶民的な家庭というか戦後か戦前の昭和時代的というか。
時間と引き換えに金銭を得る社会人という現在、まだ何も知らなかった少年時代や社会に出る前の青年時代というと、無限に広がる時間と引き換えに、底の浅かった金銭のもどかしさを思い出します。
しかし、お金が無いなりに工夫した事や、その頃に得た経験というものは、今では決して味わうことのできない大切な思い出の1つです。心に余裕がなければ思い出すことも出来ない、そんな思い出が老いた心を鋭く穿ちます。
もちろん、本書で語られる各々の物語そのもは言わずもがな、類似の経験をしたという事はありません。しかし、物語の主人公たちの眼から見える活字の世界は、どこか懐かしさというか失われてしまった時間の流れ、ノスタルジーさが静かに、しかし確実に私の心を沸き立たててきます。
この感情は、田舎の夏休みを感じさせる写真やイラストを見た時に感じる何かに似ています。
【総合的な感想】ノスタルジーな少年時代を思い出す
収められているどの作品も主人公が少年であり、30歳を目前とする私には、二度と戻らない青春時代や少年時代の思い出を強く穿つものでした。また、私は関西圏内の出身ですので物語の中で多用される関西弁のセリフには親近感と、どこか気取っていない会話にも好感が持てます。
『青が散る』がそうであったように、本書に登場する主人公たち、もとい作品そのものが、何かを残せているのかという結局何も残せていません。ただ、連々と昔話しを聞いているような感覚です。
まだ宮本輝の作品は本書が2冊目ですので、著者の作品の傾向などは分かっていません。しかし、こういったハッキリとした起承転結を付けずに、どこか読み手に余韻を残すような作風にこそ、近ごろでは味わいを感じるようになりました。
そういう意味では大衆文学というより純文学というか、単純に文学作品と呼んだ方が正しいように思えます。1作品目の『星々の悲しみ』に登場する嶋崎久雄の絵画のように、小説もまた芸術なのでしょう。
何はともあれこの『はじめての文学』シリーズ。古書店で見つけて買ってきたものですので、今は昔に企画されたものです。(本書の刊行は2007年となっていました。)
人文社会系の学科が廃止されるという誤報が世間を騒がし、文学界が猛反発したのが先日の事です。文学とは確かに直接的に社会に出る上で役に立つ家と言われると、私も疑問符は有ります。
しかし、僭越ながらこういった本がもっと世に出て、文学や読書に馴染みのない人の手許に届けば、もっと人の心は豊かになるのでは、と思う次第です。