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一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

『四畳半神話大系』森見登美彦/ボロアパートに住まう若者の畳の並行世界

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気に入った作者を見つけては、その作者の他作品を読み漁ってしまう癖があるため、なるべく多くの作者の本を選ぶことを誓った昨今。

夜は短し、歩けよ乙女』では森見登美彦という小説家から大きな衝撃を受けました。

そして、結局他作品も是非読んでみたいと買ってしまったのが本書『四畳半神話大系』です。

私は冴えない大学3回生。バラ色のキャンパスライフを想像していたのに、現実はほど遠い。悪友の小津には振り回され、謎の自由人・樋口師匠には無理な要求をされ、孤高の乙女・明石さんとは、なかなかお近づきになれない。いっそのこと、ぴかぴかの1回生に戻って大学生活をやり直したい!さ迷い込んだ4つの並行世界で繰り広げられる、滅法おかしくて、ちょっぴりほろ苦い青春ストーリー。

四畳半という宇宙空間

本作品『四畳半神話大系』は、その名の通り現代社会になって珍しい、四畳半のボロアパートを舞台とした連作短編集となっています。

また、詳細に語られる舞台が京都ということもあって、例えば東京では貧乏の代名詞になりそうな畳部屋で四畳半の間取りが、どういう訳か風流と言うか、粋(いき)に感じてしまいます。

四畳半という間取りは、一般的には畳同士を4枚それぞれ輪廻を描き、中央に畳半分のスペースが残る、真四角の間取りの事です。私は残念ながらそのような物件に実際に住んだことはありませんが、部屋の狭さは然ることながら、完璧な四角い空間というものにはちょっとした形式美を感じます。

ともかく、四畳半以上でも以下でもない、ちょうど中央値に位置する四畳半が本作品の舞台で、巧みな言葉遊び・丁寧な日本語で主人公(私)の窮地を紡ぐ(もといディスる)様から、客観的に感じる四畳半という物理的な狭さから広大な活字の宇宙を感じます。言い過ぎかもしれませんが。

どこかで読んだフレーズ/デジャヴが現実へ

本作品が連作短編集という構成を採っている事は前述のとおりですが、本書には中々他の小説では例を見ない異質な構成を採っています。

それは一言にすると、コピーアンドペーストを多用しているという点です。もちろん良い意味で、です。

ネットに精通している人であれば、著作権云々で騒がれる昨今、コピーアンドペースト、通称コピペという言葉を聞くだけでも嫌悪感を抱くでしょう。私のように真面目に勉学に励んだ学生時代、単位欲しさに目が眩んで論文を短時間で仕上げた雄であれば逆に親しみのある言葉ですが。

ただし、本作品は作者自身の作品、且つ本書内でそれが行われているので、戦略的コピペと言えます。そしてその過程がもたらした結果が、読者が感じる気持ち良いデジャヴです。

本作品に収録されている作品(構成)は以下のとおりで、各短編で語られる四畳半を、まるで並行世界のような中で主人公が追体験するような作品に仕上がっています。

  • 【第一話】四畳半恋ノ邪魔者
  • 【第二話】四畳半自虐的代理代理戦争
  • 【第三話】四畳半の甘い生活
  • 【最終話】八十日間四畳半一周

この構成はアニメで言うと『Steins;Gate』に似ている気もしますが、状況はあれほど切羽詰まっていませんし、何より最終的に何かを取り戻すのかというと、どうやらそうでもない様子ですので、単純に読み物として面白い訳です。

本書を1日に1話ずつ読み進めれば、計画的デジャヴを体験する事が出来ますし、1冊の本としてそういう楽しみ方も有りだと思います。

【総合的な感想】『夜は短し、歩けよ乙女』ファンは必読

小難しい言葉を使いながら華麗にとぼける作風は『夜は短し、歩けよ乙女』から引き継がれています…というか刊行は本書が先ですので、正確には『夜は短し、歩けよ乙女』が引き継いでいると言った方が正しいですね。

酔っ払っては人の顔を舐める事でお馴染みの歯科衛生士・羽貫さんと、飄々と現代を生きる天狗大学生・樋口さんも、この作品から登場しています。そして黒髪の乙女…は、別人ですが、冴えない主人公の憧れの対象として明石さんという女学生として登場しています。

地元で旧知の友人(私に村上春樹を教えてくれた大切な友人のひとり)と小説について語り合った際、『夜は短し、歩けよ乙女』と本書『四畳半神話大系』と、どちらが森見登美彦の1冊としておすすめできるか議論したのですが、彼は本書を強く押していました。

当の私は、どちらも読むべき/どちらから読んでも良い、という結論を出しています。

純文学を愛する読書家や読書の諸先輩方は、このような作風をどのように感じるかは分かりませんが、真保裕一の作品『ストロボ』の末尾にある著者からのコメントにあるように、小説とは読者にとって自由なものであり、どのように読むかもまた自由です。

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