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『ストロボ』真保裕一/活字の写真で振り返る一流カメラマンの過去と未来

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以前勤めていた会社の上司と、おすすめの本や読書について意見交換をする際、ひょんな事から話題になった真保裕一。

元上司曰く、山岳小説が好きだと言うことで、青春を共にした小説ランキングベスト50でも紹介している、真保裕一の『ホワイトアウト』が好きだと言ったところ、私の年代から真保裕一の名前を聞いたことにいたく驚いていた様子でした。

そんなことを思い出しながら、いつものように古書店をぶらぶらとしていた時に目に入ったのが本書『ストロボ』。

最近、カメラと写真撮影に少々凝っている私には何ともドンピシャなタイトルでした。

走った。ひたすらに走りつづけた。いつしか写真家としてのキャリアと名声を手にしていた。情熱あふれた時代が過ぎ去った今、喜多川は記憶のフィルムを、ゆっくり巻き戻す。愛しあった女性カメラマンを失った40代。先輩たちと腕を競っていた30代。病床の少女の撮影で成長を遂げた20代。そして、学生時代と決別したあの日。夢を追いかけた季節が、胸を焦がす思いとともに、甦る。

活字の写真で振り返る一人のカメラマンの人生

  • 第五章『遺影』50歳
  • 第四章『暗室』42歳
  • 第三章『ストロボ』37歳
  • 第二章『一瞬』31歳
  • 第一章『卒業写真』22歳

本書の最大の特徴は、第五章『遺影』から第一章『卒業写真』に至る、ページを進めるにつれて過去へと巻き戻されていく構成にあります。それはまるで、最近撮影した写真から過去の写真へと、フィルム写真のアルバムのページを捲っているような感覚です。

世の中からは一流の有名カメラマンとして崇められるに至るまで、巻き戻しで振り返る、写真にかけた情熱と季節。30代にして自身のスタジオとビルを持つに至った、一流のプロカメラマン・喜多川光司(きたがわ・こうじ)。

写真へ捧げたそれぞれの季節とそれぞれの時代。1枚の写真を収めるまでに至った経緯やその想い、そして周囲の同僚や仲間、そして女性。

読了してみるとこの1冊の本が一人の男の物語とは分かっていても、何となく納得がいきません。これは、未来から過去へ至るという特徴的な構成に逆に錯覚させられているのだと思います。ただ、一本一本の糸をゆっくりと手繰り寄せるかのように読んでみると、未来から過去へと、妻という共通した人物が絶えず登場している事に気付かされます。(あとがきでも筆者が言及しています。)

もしも過去から未来へという当たり前の構成で、主人公がカメラを通して成長して年老いていく様を描いていたのならば、ただの空想人物の自伝に終わっていた事でしょう。

小説はどのように読むのも自由で、著者の想いを読者に強制するものではない、という当たり前の事に気付かされます。

人の心を動かす写真とは

私も趣味でカメラをやりますが、人の心を動かす写真とは一体何だろう、プロのカメラマンとアマチュアの境界線はどこだろうと思い、時に考える込むことがあります。(もちろん、私はプロの写真家になりたい訳ではありませんが。)

カメラと写真を1つのテーマとした小説のため、多少の専門用語が使用されていますが、決して多用はされていません。

ひたむきに写真にかける主人公・喜多川の想いには、カメラを握り、1枚の写真のために構える姿勢について、非常に考えさせられます。

栄えある賞に相応しい写真は、作られた記念日で良いのか、それとも偶然が重なった日常なのか、喜多川光司は過去の悩みと失いかけた数々を『遺影』できっと取り戻したのでしょう。

【総合的な感想】カメラを握り、構える姿勢の勉強になる小説

現在から過去へ遡る、小説としては少々トリッキーな構成の本作品。しかし、良くも悪くも推理小説的なミスリードや、ミステリは一切ありません。

ですので当然に、ロードミステリ的な読み終わって思わず「してやられた!」という想いもありません。

しかし、写真はカバーに添えられた銀塩チックなフィルムにしかないのに、まるで読み手である私自身が奮いアルバムを開いているような感じを覚える、なんとも不思議な小説でした。

巻末にある、著者の言葉から本作品は挑戦策というか、読者を(良い意味で)挑発している作品と読み取ると同時に、小説の世界は何時も/何時でも自由である、ということを改めて発見しました。

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