あまり新刊の本は買わない方ですが、先日、買い物に出かけた際に初めて訪れた本屋さんで時間つぶしをしていた際に目に入ったのが、本書『君にさよならを言わない』です。
『僕は明日、昨日の君とデートをする』で期待が寄せられた七月隆文の第2作目です。
前作を読み、今後新刊が発行されたらチェックしようと思っていた矢先の出来事でしたので、数冊の本と共にレジへ直行し、1日で読了しました。
「明くんと久しぶりに話せた…」事故がきっかけで幽霊が見えるようになったぼくは、六年前に死んだ初恋の幼馴染、桃香と再会する。昔と変わらぬ笑顔をぼくに見せる桃香は、ある未練を残してこの世に留まっていた。それは、果たせなかったあの日の約束…。桃香の魂を救うため、ぼくは六年前に交わした二人の約束を遂げる―。少年と幽霊たちの魂の交流を描く感動の連作短編。切なくて、温かい。
【あらすじ】事故を契機に幽霊が見えるようになった少年
主人公は事故からの生還をきっかけに、幽霊が見える様になった少年・須玉明。
霊が見えるようになり、六年前に死別した初恋の幼馴染と再会した僕。無邪気に話しかけてくる幼馴染についに観念し、見えないふりを止めて彼女と話すことにした。
しかし、彼女が見えるのは僕だけではなかった。彼女が霊としてこの世に止まる理由は何なのか…。
連作短編形式で、学園を舞台とした霊との数奇な出会いが始まる。
巡る季節と学園を舞台とした出会いと別れ
舞台は主人公・須玉明が通う高校と、その周辺の学園です。
ほとんど会話形式で物語が進行するため、文量はあまり多くないのですが、ライトノベルかというとそうでもありません。
学園モノというと、恋愛が付き物(憑き物?)ですが、本作品にはそういった要素は、ほとんどありません。あくまでタイトルから察する事のできる、出会いと別れ(それも主に幽霊との)が主軸となっています。
収録されている作品は以下の通り。
- 星の光を
- 雪降る場所
- 前略 私の親友
- 風の階段をのぼって
- 明の休日 -sequels-
前作 『ぼくは明日、昨日のきみとデートする 』では、物語そのものをタイトルにするという直球勝負的なところがありましたが、本作品では各短編のタイトルがなかなか秀逸です。
各短編の後半にようやくタイトルの意味が分かり、思わず幸せなため息が出てしまうほどです。
『さよならを言わない』相手は誰だろう
連作短編集である本作品ですが、タイトルである『君にさよならを言わない』という名を冠する作品はありません。これは、三浦しをんの『君はポラリス』でも用いられていた著者の手法です。
本作品は、各短編ごとに主人公・須玉明がこの世に未練を残し、成仏できない学生の霊と出会い、その願いを叶えることで霊が成仏する、という特に新しいとも言えない物語の構成を採っています。
当然、霊が成仏することは「さよなら」に等しいのですが、敢えて「さよならを言わない」というタイトルを冠した事によって、霊たちの想いが生きている人に伝わり、やがてそれが永遠のかたちになる、という風にも読み受けられます。
「成仏したらそれでお終い!一件落着!」というような、安易な結末を選ばず、敢えて余韻を残す事でミステリやホラーとは違った温もりを感じます。
【総合的な感想】ひとつひとつの物語が泣ける
前作『僕は明日、昨日の君とデートをする』では、時間軸のズレたパラレルワールドをモチーフにした、SF風の運命の恋愛を題材としていました。本作品は前述の通り、幽霊が見える少年を取り巻く心温かい物語が連作短編小説形式で収められています。
死者との再会をモチーフにした作品というと、辻村深月の『ツナグ』がありましたが、似たようなテーマではあるものの、読了後の気持ちは全く異なります。厳密に言えば、物語そのものも全く別ものです。
著者が異なるので、物語も異なるのは当たり前ですが、本作品はとにかく優しくて暖かいのです。
物語のほとんどが登場人物たちの会話で埋められているため、ページ数の割にあっという間に読めてしまいます。しかし、会話が中心となっている事で、幽霊を含めた登場人物たちから、より近いかたちの人間味を感じる事ができ、稚拙な表現ですが、読者の感情をダイレクトに揺さぶります。
かくいう私も、その揺さぶりを受けまして、一つ一つの短編で不覚にも泣いてしまいました。
読了後の気持ちも非常に晴れやかなもので、誰にでもおすすめしたい作品の1つとなりました。ライトノベルとまでは言いませんが、非常に読みやすい作品ですので、本を読む事が苦手な人でも、一度手にとってもらいたい作品です。
蛇足ですが、名脇役の義理の妹・柚が高校に入学したところで物語が終わりますので、続編を希望したいところです。