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一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

『屍者の帝国』伊藤計劃・円城塔/死者の祈りと生者の傲慢

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伊藤計劃が執筆途中に他界、その意思を受け継ぎ円城塔が完成させた本作品。

ハーモニー』を遺作と捉えるべきか、本作品を遺作と捉えるべきか。

ただ、『虐殺器官』で罪について問い、『ハーモニー』で完璧な福祉社会に疑問符を残し、死を間際に控えた伊藤計劃が死を題材にした本作品『屍者の帝国』に着筆したのには、どこか一貫性を感じます。

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アニメ風のカバーの下には、ちゃんと本来のカバーが付いてます。

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屍者復活の技術が全欧に普及した十九世紀末、医学生ワトソンは大英帝国の諜報員となり、アフガニスタンに潜入。その奥地で彼を待ち受けていた屍者の国の王カラマーゾフより渾身の依頼を受け、「ヴィクターの手記」と最初の屍者ザ・ワンを追い求めて世界を駆ける―伊藤計劃の未完の絶筆を円城塔が完成させた奇蹟の超大作。

死者が労働力として活用される世界

故フランケンシュタイン博士が生み出した禁断の術式、死者の屍者化。

意思も言葉も持たぬ屍者の労働力への導入が活性化した世界。

貧国では、女性や子供たちが過酷な肉体労働から開放される一方、命じられるがままに、恐怖すら感じないそれは戦地における戦闘力としても活用される。

主人公、医学生ジョン・ワトソンは大英帝国の諜報員となり、書記役として屍者フライデーを従える。

「グレート・ゲーム」と「屍者の帝国」

大英帝国(イギリス)とロシア帝国の領土争い(グレート・ゲーム)。

物事・挙動、全てにおいて柔軟性を持たない屍者に、新たな屍者化技術(ネクロウェア)がインストールされたと思しき新型の屍者が現れる。

”ロシア帝国の軍事顧問団の一隊がアフガニスタン首都カーブルを離れ、パーミル方面で活動している”(73ページ)

ロシア帝国としても寝耳に水だった事態。ウォルシンガム(大英帝国秘密結社)の調査の結果、アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフという一人の男が『屍者の帝国』を築こうとしている謀略を掴む。

明かされる、カラマーゾフの願いと、新型の屍者を生み出す方法とは・・・。

アダムにして始まりの屍者「ザ・ワン」

カラマーゾフの研究の源流は40年前に誕生したとされる、屍者の祖先「ザ・ワン」にあるのではないか、全ての屍者の復活、屍者だけの帝国、おぞましい計画が予見される。

屍者の創造主、ヴィクター・フランケンシュタインの遺した『ヴィクターの手記』は、どうやら日本に流出したあしい。

一般的な屍者の耐用年数は20年程度とされるため、生きている(?)かどうかも分からぬまま、ワトソンたちは、フランケンシュタイン査察団として「ザ・ワン」の行方を追うこととなる。

そして、惨状となった大里化学で接する、戦闘に特化された2体の屍者と、それを操る何か。

孤高の存在「ザ・ワン」の狙いと、屍者の秘密

最終章である第三章になると、屍者の秘密が明かされる事になるのですが、これは様々な解釈が有りそうです。

死体をモノとして生者の生活に活用することの倫理的な問題は、物語の中では特に触れられていませんが、新型の屍者の精製方法については衝撃を隠せません。

何より、最後のエピローグは「フライデー」の物となっているのですが、これが問題で、読んだ直後はしっとり感を感じるのですが、短いながらも改めて物語全体に疑問符を投げるような物になっています。

それは「ザ・ワン」が語る、屍者の秘密とその騒動に「ワトソン」と共に「フライデー」が密接に関わったからなのか、それとも大前提とされた屍者の定義がそもそも違ったのか、私は後者を支持しています。

伊藤計劃が生前書き残す事が出来たのは、序章の部分だけですので、大半は円城塔が物語を完成させるために加えたオリジナルであることには間違い無いのですが、もし、伊藤計劃が全てを書き上げていた場合どういう物語になっていたのか。

何はともあれ、伊藤計劃氏の冥福を祈るとともに、盟友として活躍された円城塔氏に礼讃を捧げます。

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