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一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

『ボーナス・トラック』越谷オサム/死者と社畜の面白可笑しい奇妙な生活

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越谷オサムの作品は、これまでに『陽だまりの彼女』、『階段途中のビッグ・ノイズ』と読んできました。

どちらの作品も非常に面白く、越谷オサムという作家を好きになるきっかけとなりました。

本作品『ボーナス・トラック』トラックは、そんな越谷オサムの作家デビュー作品です。いま、注目されている作家ではありますが、文章のタッチから、若者向けの作品と言えるかもしれません。

草野哲也は、雨降る深夜の仕事からの帰り道、轢き逃げ事故を目撃する。雨にさらされ、濡れた服のまま警察からの事情聴取を受けた草野は、風邪をひき熱まで出てきた。事故で死んだ青年の姿が見えるなんて、かなりの重症だ…。幽霊との凸凹コンビで、ひき逃げ犯を追う主人公の姿を、ユーモアたっぷりの筆致で描く、第16回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞の著者デビュー作。

超絶ブラックな飲食業で働く草野

主人公は超絶ブラックな有名ハンバーガーチェーン店で働く草野哲也。

やっと一日の仕事を終え、これから食べる夕食のことばかりを考えながら、雨の道に車を走らせる。

道すがら、草野の車を勢い良く追い抜いていったスポーツカーに、接客業のストレスからか、つい悪態をついてしまう。

しばらく車を走らせていると、前方に先ほど草野の車を追い抜いたスポーツカーが停車している。何が有ったんだろう?故障してしまったのだろうか。しかし、草野が近づくとスポーツカーはものすごい勢いで走り去る。

何気なく先ほど、スポーツカーが止まっていた位置を通り過ぎた時、草野の視界に一瞬何かが映る。恐る恐る車に乗りながら近づいてみると、そこには轢き逃げされた死体が。雨の中、必死に人工呼吸を試みるも、横たわっていた若者は既に帰らぬ人となっていた。

警察が駆けつけるまでの間、車の中で待つ草野だったが、この時すでに奇妙な体験は始まっていた。

気がついたら死んでいた青年・横井亮太

思い返せば、ずっと運の悪い人生だった。

だからといって何かに不満があった訳ではなく、ただいつも不運に遭遇するという、不幸体質なだけだった。

この日だって、男の「燃える闘魂」を鎮めるためにわざわざ雨の中を外出し、レンタルショップの暖簾(のれん)の向こう側を目指していた、ただそれだけだったのに。

夜道がぱっとライトに照らし出され、あ、後ろから車がくるなーと思ったときには、もう手遅れだった。何がなんだかわからないうちにおれは空中を二回転か三回転し、その上複雑なひねりまで加えて背中から地面に叩きつけられた。ものすごい衝撃だったが、不思議と痛みは感じなかった。ただ、身体がぴくりとも動かなくなってしまったのには焦った。目玉すら動かせないのだ。(43ページ)

気がついた時には死んでいた。

まるで幽体離脱をしたように焦る一方で、ひき逃げ犯を捕まえるために、自分の亡骸の第一発見者・草野哲也に取り憑く(?)ことにする。

軽口を叩くあっけらかんとした幽霊

雨で冷えた身体に、事情聴取への疲れからか、草野哲也は風邪で倒れてしまう。

仕事のし過ぎか、風邪のせいで頭が馬鹿になっているのか、一人暮らしの部屋に一人の青年の姿を捉える。微睡みの中、一先ず幻覚と決め付け二度目を決め込む草野だったが、何度起きてもそいつは居るし、ついには話しかけてくる始末。

幽霊にしては恐怖は微塵も感じないし、幻覚にしては体調が治っても消えてくれない。

挙句の果てには草野が働くファストフード店に付いて来て、バイト店員の女の子に一目惚れをするという、フリーダム。

ひき逃げ犯に強い執念を燃やすわけでもない幽霊・亮太と、仕事疲れ亮太に憑かれた草野の、ゆるくて奇妙な生活が始まる。

【総合的な感想】おまけの人生(?)ボーナス・トラック

本作品のタイトル『ボーナス・トラック』とは、不運にも突然死んでしまった横井亮太の、おまけの人生の事を指しています。

陽だまりの彼女』の中でThe Beach Boysの『素敵じゃないか』を引用したり、『階段途中のビッグ・ノイズ』でGREEN DAYの『Basket Case』などパンク全般に言及していたように、越谷オサムは音楽が好きなんでしょうか。

いずれにしても、死後のおまけの人生(?)を、さながらCDのおまけに付いてくるボーナス・トラックに比喩するとは、なかなか洒落が効いています。

当然、おまけの1曲は長くないわけですが、死者と社畜の奇妙だけれど、ゆるすぎる日常がとても面白かったです。

会話以外の部分も、どこか会話しているかのようなリズムで記述されているため、テンポよく読むことができます。

果たして、死者と社畜の運命やいかに?それは読んでからのお楽しみです。

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