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一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

『まひるの月を追いかけて』恩田陸/次々に仕掛けられる嘘と眼下に広がる奈良の地

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3ヶ月に1度くらい、一人暮らしをしている神奈川県の自宅から三重県の実家へ帰省しています。

実家には小学校の頃から買い集めていた本が平積みで部屋の壁際に積まれており、そういえばこんな本も読んだなぁとよく眺めるものです。

その際、恩田陸の『夜のピクニック』が目に止まり、そういえば恩田陸の小説はまだ1冊しか読んだ事がないと思い、古書店で安価で手に入った本書『まひるの月を追いかけて』を読みました。

ちなみに『夜のピクニック』もうっすらと内容は覚えているのですが、今のように読書感想文もどきを残していた時代に読んだ本ではなかったため、またいずれ再読したいと思います。

異母兄が奈良で消息を絶った。たったの二度しか会ったことがない兄の彼女に誘われて、私は研吾を捜す旅に出る。早春の橿原神宮、藤原京跡、今井、明日香…。旅が進むにつれ、次々と明らかになる事実。それは真実なのか嘘なのか。旅と物語の行き着く先は―。恩田ワールド全開のミステリーロードノベル。

腹違いの兄の恋人と行く奈良への旅

主人公・静は、ひょんな事から腹違いの兄(渡辺研吾)の恋人(君原優佳利)と奈良へ旅行へ行く事となる。

しかし、静が優佳利と会うのは18年振りのため記憶は曖昧で、親しい間柄という訳でもない奇妙な関係にある優佳利との旅行に、どこか憂鬱なものを感じていた。

新幹線のシート待っている間、優佳利は現れないまま旅行が中止になって欲しいと切に願う。しかし、新幹線の窓の向こうから誰かが近寄ってきて手を振っている事に気付いてしまった。

もう逃げられない。私は自分に言い聞かせる。
待ち望んでいたアクシデントはない。引き止める誰かもいない。この旅を邪魔するものは、何もない。
私はこれからプライベートな旅に出る。
たったの二回しか会ったことのない女と。(17ページ)

奈良で失踪した兄の軌跡を追う旅

腹違いの兄・研吾が書いたシナリオに沿って、兄を探す旅が本書の軸となっています。

章の終わりごとに挿入される不思議なおとぎ話が印象的で、また静たちの旅も、その章の終盤が近づくと、ひたすら物語の「ひっくり返し」が繰り返されます。「どんでん返し」というほど何もかも騙されていた、というような展開ではないので、あえて「ひっくり返し」という表現を使っています。

その「ひっくり返し」とは、ある程度奇妙な旅路の会話から読み取る物語の行く末を、章ごとのラストにあるおとぎ話の手前数ページでまた一から整理し直さなければならない、様々な嘘(フェイク)の事です。

推理小説ではありませんので、フェイクを入れられる事でミスリードを誘っているようにも思えません。しかし、その度重なる嘘が静と優佳利の旅が、一筋縄ではいかない旅として深みを増しています。

ちなみに、読者が騙されると同時に主人公である静も騙され、読者が混乱すると同時に静も混乱しています。

「まひるの月」と「死」について

本作品には「死」というキーワードが序盤から結構気になっていました。静と優佳利が訪れる、兄・研吾が失踪した土地である奈良は、死者の町として形容されています。

また、本作品のタイトルである『まひるの月を追いかけて』の「月」について。「月」と言えばウサギですが、それについて挿入されたおとぎ話しで言及されており、要約すると「ウサギは善良な行動から死に、それを哀れに思った仏様が月に昇らせた」という内容です。

そして「まひるの月」というと、日中帯の明るい青空にぼんやりと見える月の事で、場違いな世界に現れ、本来の役目を果たせない儚げな存在とも読み取れます。

それらをひっくるめ人間社会に置き換えて読み取ると「まひるの月」=「本来の自分の世界から場違いな場所へ姿を現したが、やがて自分の世界へと消えゆくもの」という風に読み取れます。それは悲劇ではなく、ただあるべき世界へ戻るだけの事なのです。

ただ、それを追いかけるというのは、少々報われないというか、やるせ無いです。そもそも、月は追いかけても決して手に取る事はできませんから。

小説を紹介する際は、ネタバレの無いようにブログを書くようにしていますが、読了した身としては大筋間違っていない、かなと。

【総合的な感想】奈良の観光スポットの解説がとても繊細

奈良には小さい頃に修学旅行で行った記憶がありますが、大仏が大きいとか、鹿がいっぱい居るとか、私の中にはその程度の記憶しか残っていません。

本作品は「まひるの月」を追いかけるような不毛な旅行が物語の軸になっていますが、舞台となった奈良について、実際に見た事が無い景色が見えてくるかのようでした。(実際に登場人物ベースの会話ベースで、かなり細かいディテールまで言及されています。)

近頃、恋愛小説や感動物のロードノベルなどを好んで読んでおりましたので、「自分だったらどうするのだろう」と自分を見つめ直すような作品ではありません。作家・恩田陸は宮城の生まれで大学も早稲田ですので、どうやってここまで詳しく奈良を知ったのか分かりませんが、読書以外の趣味にカメラ撮影がありますので、カメラ片手に奈良県、特に明日香村へ行きたくなりました。

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