私は植物が大好きで、中でも観葉植物はアマチュアながらもその道20年になります。
その影響は、田舎で育った母と父の影響が非常に大きく、家にも数多くの植物図鑑がありました。幼い頃より、特撮ものの怪獣図鑑よりも、植物図鑑を読みあさる私の姿は両親の眼にどのように映ったのか、今となっては分かりません。
さて、そういうバックボーンもあり、有川浩の『植物図鑑』に興味を持ったのは、小説も大好きな私としては必然だったのかもしれません。
以前に『レインツリーの国』を読み、有川浩の作風は独特ながらも気に入っており、ライトノベル作家を自称する作家としての姿勢にも好感が持てます。
お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか。噛みません。躾のできた良い子です――。思わず拾ってしまったイケメンは、家事万能のスーパー家政夫のうえ、重度の植物オタクだった。樹という名前しか知らされぬまま、週末ごとにご近所を「狩り」する、風変わりな同棲生活が始まった。とびきり美味しい(ちょっぴりほろ苦)“道草"恋愛小説。レシピ付き。
飲み会の帰り道で捨て犬のような男を拾う
夜が凍りつく、休日前夜。一人暮らしのOL・さやかは、自宅のマンションに近づく途中、大きな黒いゴミ袋を発見する。
ゴミ捨て場ではないのに、とほろ酔い気分で思いふけっていると、なんとそれはゴミ袋ではなく一人の男だった。
死んでいるのか?そっと手を触れてみると、どうやらそうではないらしい。
思わず声をかけると、無一文で行き倒れている、とのこと。
「お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか」
そう言った。
まるで犬のお手みたい。膝に載った手を見ながらそんなことを考えていたのでツボに入った。
「ひ……拾って、て。捨て犬みたいにそんな、あんた」
クククと笑い転げていると、男は更に言葉を重ねた。
「咬みません。躾のできたよい子です」(12ページ)
無害そうな人間であったため、見捨てる事もできず酔も相俟って、ひとまず自宅に男を迎え入れる。
胃袋を鷲掴みにする、逆家政夫
ひどい有様の一人暮らしの食料事情。
幸運にも何事もなく迎えた翌朝、有り合わせ(それもとても限られた)の食材だけで、男から料理を振る舞われた。
ずっとコンビニ弁当やスーパーの惣菜だけで食事を摂ってきたさやかは、とても久しぶりの「誰かに作ってもらう料理」に思わず涙してしまう。
そして、日雇いアルバイトだけで食いつないできたという男に、大胆な提案をする。
そんなことを口走ったのは自分でも何故だか分からない。
「もし、行く先ないんならーーここにいない?」(20ページ)
一人暮らしのOLと、行き倒れの男・イツキとの不思議な同棲生活がはじまる。
並外れた植物への知識を持つイツキと植物ハント
限られた食費で生活を賄う、奇妙な契約。
不思議な同棲生活が安定してきたころ、何気なくイツキに誘われた休日の散歩。
自堕落的な生活が染み付いてしまったさやかだったが、イツキの誘いを無下に断ることもできず、渋々一緒に散歩に出掛けることにする。
近所なのに見慣れない景色や季節にほっこりとしているさやかだったが、イツキには別の目的もあった。おもむろに樹の根元にしゃがみこんでイツキが見つめるものは「フキ」と「フキノトウ」だった。
自然に群生している様を初めて見たさやかへ、一通りの植物知識の披露とカメラのシャッターを切ったイツキが話しかける。
「じゃ、採ろうか」
「採ろうかって……」
怪訝な顔をしたさやかに、イツキはフキの群生した地面をぐるっと指差した。
「フキノトウが今、3、4個のパックで398円。フキだと一束298円。それがタダで自然に生えています。OK?」(55ページ)
そして、その日のご飯に2人で採った野草を、イツキは手際よく調理をしてさやかに振る舞う。
これが、さやかが野草ハントに徐々に目覚めていき、イツキに深く心が惹かれていくきっかけとなる。
【総合的な感想】今すぐ外に出たくなる気分にさせてくれる
この作品を読み終わって感じたのは、近場でも外に出てみたい、という事でした。
野草を摘み、その日の食事に活かすという生活は、中々私のような若者(と、言いたい)にとっては中々馴染みがありません。
記憶にあるのは、水たまりのようなぼんやりとした情景ばかりで、父なのか母なのか、家族の誰と一緒だったのかさえ思い出せません。
しかし、遠い昔に、家族で近所の川辺の土手で夢中になってつくしを採った日に事を思い出しました。
また本作品の見どころは、さやかとイツキ、2人の関係にもあります。
おおよそ、日常ではあり得ない出会いとは裏腹に、2人の人物像はどこか現実的でプラトニックな今っぽさを感じます。
タイトルに冠しているように、植物にまつわるお話しとその調理法が、これでもかというくらい詰め込まれているのですが、活字のみからは食欲を見出だせない読者に2人の恋愛というスパイスが付け加えられています。
何はともあれ、久しぶりにホッコリとした気分になる作品を読みました。ちなみに、カーテンコールとして付け加えられた、2つの続編(?)の後者には、不覚にも泣かされてしまいました。