本書に興味を持ったのは、仕事中に手持ち無沙汰で読んだ、とあるフォトグラファ(写真家)の死を悼む大手メディアのドキュメントからでした。
http://www.asahi.com/articles/ASJ8G5RKQJ8GPTFC00B.html
私は趣味の範囲で写真もやるので、時代が忙しなく流れ去る現代に於いて語られる、(私の)聞いたことがないフォトグラファの名前に思わず引き込まれ、その代表的な著書と聞いた本書を手に取りました。
大自然・アラスカ。その世界やその土地の生活など、私たちの思考を傾けた事があったでしょうか。
広大な大地と海に囲まれ、正確に季節がめぐるアラスカ。1978年に初めて降り立った時から、その美しくも厳しい自然と動物たちの生き様を写真に撮る日々。その中で出会ったアラスカ先住民族の人々や開拓時代にやってきた白人たちの生と死が隣り合わせの生活を、静かでかつ味わい深い言葉で綴る33篇を収録。
手付かずの大自然、アラスカより
頬を撫でてゆく風の感触も甘く、季節が変わってゆこうとしていることがわかります。アラスカに暮らし始めて十五年がたちましたが、ぼくはページをめくるようにはっきりと変化してゆくこの土地の季節感が好きです。(12ページ/『新しい風』より)
改めて、アラスカとは一体どのような土地なのだろう、と深い興味が湧きます。
極北の大地と言えば、厳しい気温と環境で何も無くて、ともかくオーロラが見れる程度の珍しい土地である、というのが私の認識でした。
しかし、美しい大地や環境は、目を肥やすためにあるのではなく、人の内面を変えてくれる土地なのかもしれません。
「この土地で暮らせば、こんなにあらゆる色相がクリアに保たれるのか」
「大自然の中で暮らすと人をどう変化させられるのか」
「私たちはなんて弱くて、なんて無力なんだろう」
そんな、大自然のように壮大な事を考えさせられます。
人間として生きる事のこたえ
あと五年で二〇〇〇年を迎えようとしている今、私たちはすごい時代に生きているなあと思います。資源の枯渇、人口問題、環境汚染……ちょっと考えただけでもある無力感におそわれます。それは正しい答が見つからないからでしょうか。けれどもこんなふうにも思うのです。ひとつの正しい答などはじめから無いのだと……そう考えると少しホッとします。正しい答をださなくてもいいというのは、なぜかホッとするものです。(50ページ/『オールドクロウ』より)
それから16年の歳月が過ぎた今でも、実に本質を突いた言葉に思えます。
「人は何のために生きているのか。」その答えを探し続けることが生きるという事だと、私はずっと考えてきました。
しかし、そんなものはきっとはじめから無いのだ、と。
文明を拒絶した土地で生きた、一人のフォトグラファの言葉のはずが、文明や発明に追いつく事が難しい現代病に陥った私たちを、いともたやすく解放します。
生きるという事はそれほど難しい事では無いのかもしれません。私たちはちょっと難しく考え過ぎていたようです。
答えははじめから無い、という答えがはじめからあったのですから。
著者の壮絶な死
著者は残念がら故人です。
手付かずの人間を拒絶するような広大な自然、アラスカ。その地で生きる事を決心した星野道夫ですが、本書の解説で少し触れられているように、その死は壮絶です。
日本のとある有名な動物番組のロケ中に、人間に飼いならされた熊に襲われてしまったのが著者の最後です。(詳細はWikipediaの当該項目をご参照。)
「自然の前にわれわれ人間は取るに足りない存在である。」そんなある種の悟りの境地から発せられたメッセージを感じさせる著者の言葉ですが、その最後は人間の匂いを覚えた熊の手でその生涯を強制終了させられる。
もちろん著者は何も悪くないのですが、何とも言えない気持ちです。
「著者の本をもっと読んでみたかった。」そんな言葉は、残された人間にとっては都合が良すぎるのかもしれません。